スペインへの旅16 サグラダ・ファミリア聖堂

スペイン最後の観光は、サクラダ・ファミリア聖堂です。



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入口、生誕のファザード。イエス・キリストが誕生し、成長していくまでの各エピソードが彫刻によって表されています。


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ファザードの上部は糸杉と白いハト。腐りにくい常緑樹の糸杉は永遠の命の象徴、ハトは神のもとに集まる信者たちを 表現しているそうです。


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4本の塔は鐘塔で、遠くまで鐘の音を響かせるため、穴が開けられているそうです。






聖母マリアの戴冠。キリストが聖母マリアに冠を授ける場面、その左下はマリアの婚約者、夫にしてキリストの養父でもある聖父ヨセフ。


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受胎告知。大天使ガブリエルが、神の子の母マリアに選ばれた事を告げる場面。


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下に描かれているのは、イエスの生誕の瞬間とそれを祝い唄う天使の合唱隊。





キリストの生誕。


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生誕の門を支える柱の下は、変わらないものの象徴として亀。柱は雨樋にもなっていて、雨の日には口から水が出てくるそうです。


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正面に向かって左側は聖ヨセフの門、希望の門で、上部に描かれているのは、聖母マリアと聖ヨセフの婚姻。


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アントニ・ガウディは、1852年バルセロナ南西の商業都市レウスに、銅板機具職の子として生まれました。
16歳の時、バルセロナ県立建築専門学校予科に入学し、アルバイトをしながら苦労して学校を卒業。
時のバルセロナ建築学校校長は、ガウディについて「彼が狂人なのか天才なのかはわからない、時が明らかにするだろう」と言ったと伝えられています。

1878年のパリ万国博に出品された手袋店のショーケースが、アウゼビ・グエルという大富豪の目に留まり、彼はガウディのパトロンとして仕事の依頼と支援をするようになります。

グエルは、ガウディの想像力を引き出すかのように次々と斬新な計画を持ち掛け、 グエル邸、グエル公園、コロニア・グエル教会など、ガウディの建築にはいくつもグエルの名前が冠してあります。

1883年、ガウディはサグラダ・ファミリア聖堂の主任建築家に任命され、以後、彼はこの建築の設計に壮年から晩年に掛けての40年以上を費やし、しかも1917年からは他のいっさいの仕事を断ってこれに専念しています。

1926年、ガウディはミサに向かう途中、路面電車に轢かれ、晩年身なりに気をつかわなかったため、浮浪者と間違われて手当てが遅れ、事故の3日後に73歳で息を引き取りました。






教会内部


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柱は木を模していて、木々の間からやさしい光が差し込むようにつくられています。





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生誕の門側のステンドグラスは青と緑で、海をイメージしています。


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聖歌隊の席かと。


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森の中のなつかしい家のような。


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礼拝所の前の4本の柱には、4人の福音記者のシンボルが描かれています。

聖ルカ。牡牛がシンボルです。


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聖マルコ、ライオンがシンボルです。


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聖ヨハネ、鷹がシンボル。


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そして聖マタイ、人がシンボルです。


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サグラダ・ファミリア教会の主祭壇の天蓋飾り。


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天蓋は、キリストの体と血の象徴の麦とブドウで飾られています。
生前のガウディ作品を元に、彼の死後に作られました。





受難のファザードのステンドグラスからの光はオレンジ。


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受難のファザード、日が沈む西に面しています。イエスの受難と死、そして復活を表しています。


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彫刻はカタルーニャ出身の彫刻家ジョセップ・マリア・スビラックスによるもの。一切装飾のないシンプルな現代彫刻によって表されています。

もっと下がって、全体を撮りたいのですが、敷地が狭くて。





受難のファザードの中央は磔で死んだキリスト、その傍らにいるのはヨハネに慰められる聖母マリアとマグダラのマリア。キリストの足元には死を意味する頭蓋骨が置かれています。



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その下の彫刻はネガのレリーフ。十字架を背負わされて自ら歩くキリストとローマ兵、中央にヴェロニカ。ヴェロニカは十字架を背負いゴルゴタの丘へと歩くキリストを憐れみ、額の汗を拭くよう自身の身につけていたヴェールを差し出した女性。イエスは彼女の申し出を受けて汗を拭き、その布にはなんとキリストの顔の跡が残ったという場面。

ここでスビラックスは、ガウディへのオマージュとして、ローマ兵の仮面にはカサ・ミラの煙突を模した仮面 をかぶせ、兵の左に立つ福音者はガウ ディその人を表しているそうです。





馬に乗っている兵士は、ロンギネス。キリストが磔になった際に、更に脇腹に槍で突きさしたとされる兵士です。



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その上の彫刻はキリストが十字架に磔になっているにも関わらず、キリストから奪い取った衣服を賭けてサイコロ遊びをしている兵士たち。





ユダの接吻と16個の数字が描かれた一枚のパネル。その4つの数字を縦、横、斜めいずれの組み合わせで足しても「33」、イエスの死んだ年齢を表しています。


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ユダの接吻とは、イエスを捕まえるとき、ユダはイエスに接吻して誰がイエスかわかるように合図したという場面。





鞭打ちの刑の後に、イエスが民衆の前にさらし者される場面。


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ガウディが手掛けたのは、東側の「生誕のファサード」と「地下聖堂」のみ。
ガウディは仔細な設計図を残しておらず、大型模型や、紐と錘を用いた実験道具を使って、構造を検討したとされています。
スペイン内戦でそれらの模型は破片となり、ガウディの構想に基づき弟子たちが作成した資料などは大部分が消失しました。

ガウディの死後、もはや忠実にガウディの構想通りとはならないこの建築物の建造を続けるべきかという議論がありましたが、職人による伝承や大まかな外観のデッサンなど残されたわずかな資料を元に、時代毎の建築家がガウディの設計構想を推測するといった形で現在も建設が行われています。

完成すると18本の塔がそびえます、12本が12使徒、4本が福音記者、1本が聖母マリア、1本がイエス・キリストを象徴するものとされていて、中央に建てられるキリストの塔は170m。





完成予想の模型。


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当初、完成には300年以上かかるといわれていましたが、建築技術の進歩により、2026年、ガウディの没後100年には完成する予定です。見に行きます!





受難のファザードの横には、ガウディがサグラダ・ファミリア教会で働く労働者の子供達のために教会の角地に建てた付属学校。


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現在建つものは1936年の内戦で破壊された後に再建されたものです。




最後はサグラダファミリアの夜景。


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昨年12月に行ったスペインの旅がようやく完結、もうすぐ12月。
ブログにアップするのに1年近く、とほほですが、あきらめずに続けます。









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