ポルトガルへの旅 22

ポルトガル旅行6日目、リスボン市内の自由行動の続きです。



アウグスタ通りから勝利の門を眺めたところです。


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この門は有料ですが、エレベーターと螺旋階段で上へあがれるそうです。



門の向こうに見える像は、ドン・ジョゼ1世の騎馬像。

ジョゼ1世が王位についていた1755年にリスボン地震がおこり、宮殿も崩壊。地震直後、ジョゼ1世は御者のいない馬車の中で王妃と共に残され、重度の閉所恐怖症となり、宮廷をアジュダの丘に設置したテントに遷したそうです。
その後、リスボンはポンバル侯の指揮の下、巨額の予算を投じて再建され、中心にはジョゼ1世の騎馬像が建てられたそうです。



通りを北上し、サンタ・ジェスタのエレベーター。


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街中に建てられた、高さ45mの巨大鉄塔の内部を、クラシックなエレベーターが上下します。1902年にエッフェルの弟子のフランス人建築家によって造られたそうです。



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低地バイシャ地区と高地シアード地区を結ぶエレベーター、リスボンカードが使えるので並んで乗りました。





頂上は展望台になっていて、非常に良い眺め。正面の遥かかなたにはサン・ジョルジェ城。


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右側にはテージョ川が。


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展望台からの通路で、バルロ・アルトへ。カルモ教会の裏側に出ました。


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さらに北上し、サン・ロケ教会へ。


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イエスズ会の教会。日本の天正遣欧少年使節団が一か月ほど滞在したそうです。

外観は白い石のシンプルなものなのに、中は金綺羅の美しい教会です。



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イエスズ会について、ちょっと調べてみました。

1534年8月15日、イグナチウス・デ・ロヨラが6人の同志とともにパリのモンマルトルの丘に集まり誓約を立て、1540年に教皇の認可を受けて創立した司祭修道会。

イエズス会は、カトリック教が、浸透していない地域に行って、一生懸命に宣教活動をする為に設立された修道会。
なので、未開の地域へ最初に行く宣教師は、イエズス会員であり、『宣教の為ならば、自分の命も惜しむな』『前も、後ろも、右も、左も、上も、下も、わからない所へ行って、宣教活動をせよ』と、され、カトリック教会の内外で『ロ-マ教皇の軍隊』とも、言われています。
日本へ最初に来たカトリック教の宣教師、フランシスコ・ザビエルも、イエズス会員で、イエズス会の設立メンバ-の1人だそうです。



16世紀末にイタリア人建築家によって建てられた、イタリア・バロック様式の教会。



装飾はどれも金泥で飾られています。


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金綺羅に圧巻でした。それから秀吉に殺された殉教者の名前も記されていて、日本と深くかかわった教会という歴史を感じました。


教会を出て、さらに北へ上り、サン・ペトロ・デ・アルカンタラ展望台へ。



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レモンスカッシュを販売している屋台があり、若いお姉さんが生のレモンを絞って出してくれるので、これは美味しそうと買い、ベンチに座ってゆっくりと景色を眺めながら飲み、小休憩。。
もちろん美味しかったですよ。





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