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ポルトガルへの旅⑲

12月5日からスペインへ行く予定になっていて、それまでにポルトガルの旅の記録を終わらせねばと、ちょっとあせっています。






ベレンの塔。川岸から眺めただけで、入場はしませんでした。


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マヌエル1世の命により、1515年に着工、1520年に完成。
テージョ川を行きかう船を監視し、河口を守る要塞として建てられた見張り塔。

大航海時代、長く危険な航海を終え無事に帰り着いた船乗りたちを迎え入れる、故郷のシンボル的存在で、天正遣欧少年団もこの塔を見て感嘆したそうです。

4層構造になっていて、1層目は兵器庫、2層目は国王の間、3層目は謁見の間で、4層目は礼拝堂。屋上テラスは見張り台、市街や対岸が一望できるそうです。

再びポルトガルへ来ることができたら、入場してみたい。




発見のモニュメント。1960年にエンリケ航海王子の500回忌を記念して造られました。


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エレベーターで高さ52mの屋上に上がれるそうです。


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先頭は大海へ乗り出すカラベル船を手に持つエンリケ王子。


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その後ろに跪いているのは、エンリケ王子の甥のアフォンソ5世。モロッコを拠点にアフリカ・ポルトガル帝国を形成した、通称「アフリカ王」。

その次はヴァスコ・ダ・ガマ。インド航路を開拓し、これによりポルトガルは海洋帝国へと。




大航海時代に活躍した偉人たちが続いて並んでいます。



旗を手にしているのはインド総督を務めた海洋探検家、羽ペンと紙を持っているのは歴史学者。


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最後尾の跪き十字架を胸にかけている人が日本に来た宣教師フランシスコ・ザビエル。ちなみに、その後ろにいる長いひげの方はインド総督を務めた海洋探検家、その隣はクリストフォン・ダ・ガマ、ガマのお兄さんでエチオピアに進軍した船長だそうです。


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反対側のエンリケ王子の次は、フェルナンド王子、エンリケ王子の末弟。次はマディラ諸島へ初めて到達した海洋探検家。


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こちら側もずらりと偉人たちが並んでいます。


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中央付近の長い紙を手にしているのがポルトガル史上最高と讃えられる詩人カモンイス。最後尾の女性はフィリパ王妃、エンリケ王子らの母です。





テージョ川は、美しく穏やかでした。


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ヨットハーバーも素敵でした。


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再びバスに乗り、リスボンの中心街へ。


コメルシオ広場。


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リスボンは1755年に大地震により壊滅するが、その後見事に復活。この広場にはマヌエル1世の宮殿があったことから宮殿広場ともよばれるそうです。




ジャカランダの花が咲き始めていました。あと1週間ほどしたら満開かな、残念。


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ホテルに到着し、この日の夕食はファドレストランへ。ガイドブックやネット情報から、クルベ・デ・ファドに、添乗員さんに予約を入れてもらいました。


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店内はそれほど広くはありませんでしたが、ゆったりとお食事しながらファドを聞くことができました。


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お料理にも定評があるとのことだけあり、ポルトガルで食べた中で一番、とっても美味しかったです。


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間近でファドを聞くことができて、本当に良かった。


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言葉はまるで解らないけれど、哀愁に満ちたギターと歌声。ファドは大切なものを失った時の歌だそうです。
悲しく切なく歌うもあり、力強く悲しみをふり切るように歌うもあり、明るく陽気に笑いとばすように歌うもあり。

一生のうちに、何度たくさんの大切なものを失い続けるのか。
買ってきたファドを時々聞きながら、このレストランを思い出したりしています。

旅っていいね。



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