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京都へ⑫ 比叡山延暦寺

昼食後、叔父の車で延暦寺へ。

料金が高いといわれる比叡山ドライブウェイ、かなり急な山道です。
滋賀県と京都府の間にあり、山頂付近からは琵琶湖が眼下に広がります。ちょっと雨が降ってきたので霞んでいます。



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山頂には庭園美術館ガーデンミュージアムが新設されていましたが、そこへは寄らず。
延暦寺へ。


比叡山は古代より神山として崇められていましたが、この山を本格的に開いたのは、最澄。

日本に仏教が伝わったのは6世紀の中ごろ、奈良時代には南都六宗、仏教の修行をしたものだけが救われる小乗仏教が全盛でした。
平安時代に最澄と空海は同じ時に遣唐使として中国にわたり、その当時中国で広がりつつあった大乗仏教(信じた人は誰もがすくわれる)を学んできて、広めました。

そして最澄は天台宗を開きました。天台宗は中国にあった法華経とよばれる仏教の法典に基づいています。
それに対して空海が開いたのは真言宗、密教。明確な経典というものはなく、悟りは口伝で伝えられます。




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最澄はこれまでの僧が都の中の寺に住み、充分な修行をしなかったのを見て、これを改めなければならないと思いました。
僧は人々の手本になり、人々のために尽くさねばならない、そのためには寺にこもり、一心に学問に励み、 修行を積まねばならぬと弟子たちに教えました。
比叡山に篭もって修学修行に専念する12年間の教育制度を確立し、延暦寺から多くの高僧を輩出することになりました。

歴史に登場する僧は、ほとんどこの比叡山で修行をしています。比叡山延暦寺の最盛期には三千にも及ぶ寺院が甍を並べていたそうです。この比叡山の斜面はかなりなもの、この山での修行は並大抵な事ではないと実感。 

平安時代の強訴は、この山からご神木を担ぎ、都に訴えた。これもすごいものだと感心させられました。




大講堂。密教、禅、念仏などの諸宗を取り入れて発展させており、ここ大講堂には密教の根本仏である大日如来様がお祀りされています。


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鐘楼。この横を抜けて根本中堂へ向かいます。


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根本中堂の西側、階段の先には文殊楼。


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根本中堂。延暦寺の総本堂です。最澄以来の「不滅の法灯」が灯る延暦寺創建の地で、堂内には最澄自ら刻んだとされるお堂の本尊、薬師如来像が安置されています。


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織田信長の比叡山焼き討ちで根本中堂も焼失したため、現在の建物は1642年に徳川家光の命で再建されたもので国宝に指定されています。




東塔。昭和55年に再興されました。本尊は大日如来をはじめとする五智如来が祀られており、塔の上層部には仏舎利と法華経が安置されているそうです。


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延暦寺境内はとても広く、駆け足で回りました。今度は一日がかりで、仏教について学びながら、ゆっくりとひとつひとつのお堂を巡りたいと思いました。


参拝後、叔父に京都駅まで送ってもらい、新幹線で東京へ。
楽しい旅でした。




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