京都へ⑧ 苔寺

京都への旅の続きです。

3日目、昼食の後、私たちは徒歩で苔寺へ向かいました。

途中、住宅街を歩きましたが、山からの清水がきれいで、京都は水が良いことを再認識。



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西芳寺、苔寺。

今回の京都旅行はこの苔寺の苔の美しさを見るのが目的です。
苔寺では本堂で写経をし納め、お坊さんのお話を聞き、それからお庭を拝見させていただきます。
冥加料は3,000円、冥加料とは、気がつかないうちに授かっている神仏の加護・恩恵に対するお礼(一種の献金)です。

叔父が待ち合わせぎりぎりで到着、あわただしく本堂へ行き、写経をしたのですが、最後まで書かなくてもよいと聞き、般若心経の最初と名前ぐらい書いて、お庭へ。



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苔が美しかった。緑のふかふかのじゅうたんみたい。



新緑の紅葉も美しかったです。


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中学の修学旅行の時には、見学コースに入っていて、みんなで苔寺の境内をぞろぞろ歩きました。
その時は雨が降った後だったのか、じめじめしていて敷石がぬるぬるで、なんで苔なんか、どこがいいんだろうと思いました。

この年になり、あらためて苔寺を訪れたいと思い、期待通りの感動。素晴らしい。



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約120種類の苔があるそうです。



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苔寺、西芳寺は聖徳太子の別荘跡と伝わる場所に、天平年間、行基が創建。行基という方は、仏教の教えを民間にひろめた偉い僧侶。

鎌倉時代に寺は荒廃したが、室町時代初期に近くにある松尾大社の宮司が、当時の高僧であり作庭の名手でもあった夢窓疎石を招請して禅寺として再興。

その後、何度も戦乱により焼失、再建。江戸時代には寛永年間と元禄年間の2度にわたって洪水にも見舞われ荒廃。江戸時代末期、作庭当時は石と砂の枯山水だった庭園が苔でおおわれる。自然の恵みね。



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湖南亭


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千利休の次男、千少庵が江戸時代に再建した茶室。幕末に岩倉具視が幕府の目を逃れ、ここに隠れたそうです。




亀のような岩、いい感じに苔むしています。


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橋にも苔。


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木々がほどよく影をおとしているのですね。



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苔寺を訪れてから3ヶ月ぐらい経ちました、いま写真の整理をしながらブログを書き、あらためて苔寺の良さに感じ入りました。
海外旅行も大好きだけど、日本の美しさはまた格別。



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苔寺は事前の申し込みが必要ですが、それほど大変ではなく、往復はがきを書けばよい。
またぜひ訪れたいわ。




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