京都へ① 伏見稲荷

かなり長いことブログをさぼっていました。この間何をしていたかというと、読売書法展への出品、これがかなり重く心をしめていました。

とはいっても、ずっと書いてばかりはいられない、疲れるから適度に休養、テレビを見ながら寝て、それからパソコンでもゲームで気分転換したり。気分転換が長くなりブログは二の次。やっと書の提出が終わり、一段落。

5月半ばに京都へ行った写真をアップしながら整理していきます。


5月15日金曜日の朝、新幹線で京都へ。昼前に京都へ到着。
叔父の案内で伏見稲荷へ。


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全国に30,000社あるといわれる「お稲荷さん」の総本宮。



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土曜日だからか、かなりの人手。

それから外国人観光客が多い。調べてみると、近年は外国人観光客からも人気があり、2013年トリップアドバイザーによる「外国人に人気の日本の観光スポット」調査では2位を、2014年の調査では広島平和記念資料館を抜いて1位を獲得しているとのこと。



御社の左右には大神様のお使いのきつね。但し野山に居る狐ではなく、我々の目には見えない白狐(びゃっこさん)。



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伏見稲荷にはたくさんの白狐さんがいますが、くわえているものは、稲穂、巻物、鍵、玉の4種類です。




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玉と鍵はセットで祀られていて、なぜ玉と鍵なのかというと、伏見稲荷には玉鍵の信仰があるそうです。

「玉は稲荷神の霊徳の象徴で、鍵はその御霊を身につけようとする願望である」とか、「この玉と鍵は、陽と陰、天と地を示すもので、萬物は、この二つの働きによって、生成し化育する理を表している」と意味づけられているとのこと。




稲穂は五穀豊穣の象徴。ちなみに尻尾の先の金色の玉は、宝玉。



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こちらのきつねさんは、巻物をくわえています。



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巻物は知恵をあらわしているそうで、確かに賢そうなお顔をしています。




ご本殿。



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稲荷信仰の原点は、稲荷山。
稲荷大神様がこのお山に御鎮座されたのは、奈良時代の和銅4年(711)2月初午の日のこと。
長い歳月、人々から信仰され、人々は願いをこめて稲荷山に上ります。叔父も20年前には毎月かかさず上ったそうです。
清少納言も上ったそうで、途中でくたびれて休憩した事を枕草子に書いてあるそうです。


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1467年の応仁の乱では、細川氏を中心とする細川軍がこの稲荷山に陣を構え、山名軍に攻め込まれて敗れ、その戦いの中で社殿や堂塔などはすべて燃え尽きたそうです。

時間があれば山頂まで上がりたかったのですが、今日は葵祭、それを見に行きたいので、途中で折り返し。



奥の院のところには、白狐の絵馬がたくさん奉納してありました。昔はなかったよね。
自分で好きなお顔を書くとの事、面白いです。


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山の頂上まで続く鳥居。



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願い事が「通る」あるいいは「通った」御礼の意味から、鳥居を奉納する習慣が江戸時代以降に広がった結果で、現在は約1万基。
ちなみに一番小さい鳥居の初穂料が175,000、大きいのが1,302,000、場所によりまた料金は違うそうです。




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次にまたいつ来られるか未定だけど、その時に上れるように足腰を鍛えておかなくては。



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