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ギリシャの旅⑬


ギリシャ4日目の夕方、アテネに向かう途中のドライブインで休憩。


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小腹がすいてきたので、美味しそうなものに目が行きます。


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だいたい3€。日本と同じぐらいかなと思いますが、日本の倍ぐらい大きい。



トルコでもそうでしたが、ワンコは放し飼い。日本も昔はそうだったよね。


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でも、この旅の間、ワンコの糞は見なかった。どこの町も清潔でした。



日本でもよく見かける花。


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この黄色が好き、丈夫というので苗を買って植えましたが、いつの間にかなくなってしまって。つい先日、また植えたくなって買いました。今度はうまく大きくなるといいのですが。



日が暮れてから、アテネに到着。



パナティナイコスタジアム。第1回近代オリンピックが開かれた競技場です。6万8千人収容、パナティナイコスとは「全てのアテネ人のために」と言う意味だそうです。



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夜だったので、解りませんが、背景はアルディトス丘の緑。白いペンテリコンの大理石でできています。

オリンピックは、紀元前776年、ペロポネソス半島東部の都市国家オリンピアで始まったギリシャ最大の競技会。当時のギリシャには、アテネやオリンピア、スパルタなど1000を超えるポリスがあり、オリンピック開催期間中は、たとえ戦争状態であっても一時休戦し、選手や応援団を送り込んだ。
最高神ゼウスの祭典として4年に1度開催されるオリンピックは、それほど神聖なものでした。

紀元前331年、古代オリンピックのパンアテナ大会のために、ここに競技場が造られましたが、ギリシャはローマ帝国に編入され、キリスト教が広められ、他の宗教が禁止されると、オリンピア大祭も禁止。

それから1500年の時が流れ、小麦畑となっていたこの場所に、1896年の第1回近代オリンピックがクーベルタンの尽力により開催されます。メーン会場として古代の原形に近い姿に復元されたそうです。

クーベルタンはフランスの教育者、今でこそ「オリンピックの父」と賞賛されていますが、第1回近代オリンピック開催にこぎ着けるまでの道のりはとても大変でいばらの道、絶望的な状況でも決してくじけることなく開催を目指したそうです。



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第1回大会で実施されたのは8競技42種目。13カ国295名が参加。
そして、故事(マラトンの戦い)にちなんで、マラトンからアテネのパナティナイコスタジアムまでのマラソン競争が加えられ、オリンピックのフィナーレを飾る競技として大いに盛り上がったそうです。



2004年8月、108年ぶりにアテネに戻ってきた第28回オリンピックで、マラソン競技のゴールとなった場所も、このパナティナイコスタジアムだった。

女子マラソンで、日本の野口みずき選手が、トップでこのスタジムに登場し金メダルを獲りました。


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この近くに大きな古代の門がありました。


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高さ18mの門がハドリアヌスの門。、AD132年にローマ皇帝ハドリアヌス帝がこの地を統治したことを記念して建造。
古代アテネの町とローマの町を分けるものとされていて、門のアクロポリス側には「ここよりアテネ。テーセウス(アテネの英雄)の都市」、ゼウス神殿側には「ここよりハドリアヌスの都市。テーセウスの都市ではない。」と書かれているそうです。



この日の夕食は、路地を少し入ったところにあるレストラン。


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ムサカと呼ばれるギリシャ料理。


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ひき肉、ナス、ジャガイモの重ね焼き。



ホテルの部屋は快適。


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バスタブも十分で、ここに3連泊しました。



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