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ギリシャの旅⑤

ギリシャ3日目の朝。

ホテルのベランダからはメテオラの奇岩が眺められ、絶景です。夜明け。


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ホテルの食堂で朝食。ビュッフェスタイルです。


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昨晩のお二人が朝早くから用意されたのでしょう。働き者です。もちろん、お食事も美味しかったですよ。



食事をしている間に、だいぶ明るくなってきて、岩肌がはっきり見えるようになってきました。


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食堂から外にでることができます。小さなプールがありました、冬なので水はなし。私たちが泊まった部屋は向って右側です。


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バスでメテオラへ出発。


メテオラは世界中のロッククライマーの人達にも人気の場所で、民宿のような宿もたくさんありました。メテオラはギリシア語で「中空の」を意味する言葉「メテオロス」に由来しているそうです。


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地質の違いから、自然の浸食によりできた岩山の穴。


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この地に最初の隠遁者が現れたのは10世紀のころ。俗世との関わりを断ち祈りと瞑想に生きるキリスト教の修道士にとって最高の環境とされ、最初はこの自然にできた穴に住んだそうです。修道院が建設されるようになったのは14世紀以降。


バスは山坂を登り下り、最初に見えたのはこの修道院。



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アギオス・ニコラオス修道院。14世紀に建立され、16世紀前半に再建されていで、かなりハードな坂道を登って行くと見学できるそうです。

ガイドさん話では、この修道院には2人の修道士の方がおられるとか、一人の具合が急に悪くなったらどうするのかしら。

それにしても、信仰の力ってすごいものだと思いました。


現在は麓から修道院へ上る階段が造られていて、いずれも一般に公開されていますが、20世紀初頭までは巻き上げ機を手で回し、食料をはじめすべての資材を運んでいたそうです。


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最盛期には24の修道院があったそうです、現在活動を続けているのは6つ。



撮影スポットでバスを下車。



ヴァルラーム修道院。


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14世紀、ヴァルラームという名の隠者が三賢人に捧げる教会を建てたのが発端で、1517年、その跡地に2人の兄弟の修道士が修道院を建立したそうです。


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巨大な岩山の上に築かれた修道院は、橋で道路と結ばれていて、1536年建造の塔には巻上機とロープがあり、現在も物資の運び上げに使われているそうです。







ルサヌー修道院。もともとの修道院は16世紀ごろに建設され、現在の姿は1950年に尼僧院として改築されたものだそうです。



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この修道院への階段は道路に面していて、階段への壁にはイコンが飾られていました。



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ネコもたくさんいました。


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アギア・トリアダ修道院。15世紀後半に建設。修道院には140段の階段でアクセスできるそうです。


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メガロ・メテオロン修道院。メテオラで一番大きな修道院です。


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左側のメテオラの1番奥まった、また1番高い所(標高616m)にある修道院。14世紀に創建者アサナシオスという修道士が聖地アトス山の同志とともに開かれたそうです。


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駐車場から谷を渡り、115段の階段を上るとたどり着くそうです。

手前の修道院は、ヴァルラーム修道院。




アギオス・ステファノス修道院、尼僧院です。


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バスで山道を上がって行くと、建物の反対側に駐車場があり、そこで下車し、入場、見学しました。

そのことは次回にして、ギリシャの歴史の続き。


都市国家(ポリス)の時代にアテネは最も栄えるが、前431~404年にはアテネとスパルタが戦争をする(ペロポネソス戦争)、このあとギリシアでは戦争が連続して起こるようになり、前338年にギリシアはマケドニア(ギリシャ北部)に敗れて支配されるようになります。

この時のマケドニア王は、フィリッポス2世。2年後に暗殺され、で即位したのは20歳のアレクサンドロス3世、通称アレクサンダー大王です。幼いころから良い教育を受け、哲学者のアリストテレスを先生に、プトレマイオスなど同年代の貴族の若者と一緒に勉強したそうです。

アレクサンダー大王はペルシャ東征に出発。各地でペルシャ軍を蹴散らし、小アジアを征服。前332年には、エジプトにも遠征。ペルシアに抑圧されていたエジプト人達は、これを大いに歓迎し、アレクサンドロスははファラオとして認められ、エジプトをあっという間に征服。わずか10年で大帝国を築き、東と西の二つの文明を結びつけ、独自のヘレニズム文化を作りあげた。が、32才の若さで、インド征服目前に熱病のため死ぬ。王の死後帝国は再度分裂。

紀元前27年、ギリシャはローマ帝国(ビザンティン帝国)に編入され、その後1100年間ローマ支配を受ける。キリスト教が広められたのはこの時代。

1453年、オスマントルコ軍の侵攻により、ギリシャはトルコ領となる。
1821年に独立戦争が勃発、1830年に独立。1909年のクーデターで政治の立て直しが行われ、現在の姿をつくりあげていった。


学生時代、世界史は全く解らず、面白くなかったのですが、こうやって世界を旅すると、実感がわいてきて、言葉の断片がつながって面白いと思えます。


第2次世界大戦でギリシャは戦場となり、メテオラには“ドイツ軍”が進攻し、ナチスの旗が掲げられ、戦後の内戦では反政府ゲリラが立てこもり、イコンが削り取られるなどの受難にあっています。


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