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ギリシャの旅③

バスでカランバカへ向う途中、マラトンへ立ち寄りました。

マラトンの戦い(紀元前490年)の舞台として知られており、このとき故事、ギリシャ軍の勝利を知らせるため、マラトンからアテネまで兵士が走ったのが陸上競技マラソンの名の由来となっています。


兵士の像。アテネの将軍ミルティアデスの像かな?

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近くに、マラトンの戦いで亡くなった兵士たちの円墳がありました。


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ギリシャでは哀悼の木として、お墓の側に糸杉を植えることが多いそうです。天に真っ直ぐ伸びる木に神聖なものを感じるからとか。


ここでちょっとギリシャの歴史を調べてみました。

ギリシャで最も古い人類の痕跡は前期旧石器時代、マケドニアの洞窟から約35万年前の頭蓋骨が発見されているそうです、すごいですね。
中期旧石器時代には北ギリシャにネアンデルタール人が現れ、集落跡が発見されています。
後期旧石器時代(3万5千~1万年前)には、現在の人類に近い「新人」が現れ、農耕集落跡が発見されています。

初期青銅器時代は、前3000頃-2000年頃、青銅器がアナトリアから伝わり、ギリシャで初めに青銅器を使い始めたのはエーゲ海地域の住民。クレタではエジプトの古王国と交流があり、ミノア文化が花開きます。

青銅器時代中期・後期(前2000年頃-1100年頃)には、ペロポネソス半島のミケーネ(ミュケナイ)を中心にミケーネ文明が栄えます。ミノア文明の建築が開放的であったのに対し、堅牢な城壁で囲まれ閉鎖的なものとなっています、これはミノア文明とは異なり外敵の脅威にさらされる可能性があった為と考えられています。

この時代、トロイ戦争がありました。ギリシャ軍が小アジアのトロイを破ったトロイの伝説はとても有名。詩人ホメロスは「イリアス」という作品で、伝説のトロイ戦争を細かく語っていましたが、 長い間、この伝説が本当にあった出来事と信ずる者はいなかった。シュリーマンというドイツ人により、発掘され、トルコの旅行の時に見学しました。

ミケーネ文明の崩壊からポリスが形成されるまでの時代、ギリシャは謎に包まれており、文字史料も無く海外交流もあまり行われず、前後の時代と比較すると史料が乏しいため、「暗黒時代」と呼ばれています。

前古典時代(前800年頃- 前500年末頃)にポリスが成立します。貴族が中心となって政治を行いますが、さほど身分に大きな違いがなかったと考えられています。ポリスは1500近く形成され、通常は数千人規模だったと考えられています。
この時期にギリシャ文字が発明され、これまで口伝で伝えられてきたホメロスの叙情詩やヘシオドスの詩などが文字化され、それ以上に文字は政治を行うために利用されました。

古典時代(前500年末頃-前350年頃)は、前古典期に形成されたギリシャの独自性に磨きがかかった時期で、古代ギリシャは頂点を迎えます。この中で最も活躍したのはアテナイで、民主政の基礎を築き、完全民主政が導入されます。

古典時代には、今のイランを中心にして栄えたアケメネス朝ペルシャとの戦争が起こります。
ペルシア帝国の第2回遠征軍はアテネに近いマラトンに上陸し、この地でマラトンの戦いが展開されました。

ペルシア遠征軍は、船600隻によって輸送された兵力、推定約2万。迎え撃つギリシャの兵力はアテネ兵を中心に約1万。ギリシア軍は、重歩兵密集陣を駆使して長時間にわたって戦い抜き、ペルシア軍を包囲して壊滅させ、撤退する敵軍を追撃。この時、ギリシア軍の死者192人に対して、ペルシア軍の死者は6,400人に達したとされています。大勝利。

ペルシア軍に勝利した ニュースを早くアテネに伝えようと、一人の兵士が戦場からアテネの町まで走 りに走って息絶えたという話は、マラソン競技のもとになったので有名ですが、この話は作り話で、実際には全アテネ軍はマラトンに出陣しているのでアテネ 市はまったくの無防備、ペルシア軍が半島を回り込んでアテネに上 陸進攻してきたら必ず街は落とされます。そこで、重装歩兵1万は、重たい装 備をつけたまま山越えをしてアテネまでの30キロを駆け続け、ようやくアテネに戻り、なんとか間に合ったという説もあります。

その後、アテネの指導者達はデルフォイ神殿の巫女さ んに、またペルシア軍が攻めてきたらどうしたらよいかとお伺いをたて、その時の神託に従い、アテネは軍船を大量に建 造。

10年後にはペルシアの大王クセルクセス自ら、30万の陸軍に海軍1000隻の兵力を率いて攻めてきましたが、サラミスの海戦で決着がつき、ペルシア軍は撤退します。






糸杉にはたくさんの実が成っていました。


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これが糸杉の実。


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道端には可愛い花が咲いていました。


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再びバスに乗り、2004年のオリンピック、第28回アテネ大会のマラソンのスタート地点を見学。


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2004年のオリンピック、アテネ大会では、女子マラソンの野口みずき選手がこのスタジアムから出発し、アテネのオリンピックスタジアムまで走り、見事優勝したのです。

私たち観光客以外は誰もいず、静かでした。



大きな木が、紅葉して、たくさんの実をつけていました。

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まん丸で可愛い実です。


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すぐ近くにあった、小さな教会。


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ギリシャにはたくさんの教会があると、ガイドさんが言っていました。日本のポンプ小屋ぐらいの大きさの教会や、道祖神やお地蔵さんのような小さな小さな教会もありました。

ギリシャはギリシャ正教。それについてはまた次の機会に調べてみようと思っています。


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