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北京への旅⑧

北京への旅の写真の整理が途中のまま、7月になり季節は梅雨のど真ん中、蒸し暑い。

気持ちが落ち込むことが続き、こんな夜は、いい子いい子、おまえは何も悪くないんだよと、眠りにつくまで、頭をなでてもらいたいと。こんなおばさんでも、そうしみじみと思いました。

それでも時間は流れていきます、一晩経って朝になり、今日の予定をこなしていきます。
(予定では午前中草取りなのですが、雨でそれは明日に延期)








写真は北京への旅の続き。

故宮博物館、紫禁城です。

天安門を入ると、午門があります。午門は紫禁城の南門、南は午(うま)の方角にあたることから名付けられました。


DSC_3566.jpg


この写真は門の上の部分で、この楼閣の下に、アーチ型の入り口が三つ並んでいます。


とにかくスケールが大きい。建築物は左右対称で、大きく横に広がっています。広大な敷地に巨大な建物。日本ではここに松の木やら桜の木やらが植えてありますが、草木一本もありません。 



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午門をくぐると、正面にあるのが太和門。紫禁城の正殿にあたる太和殿へと続く門です。


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紫禁城は、明皇帝によって建てられた城で、乱世に焼失、その後北京に入城した清朝により再建され、皇宮として皇帝とその一族が居住するとともに政治の舞台となりました。

紫禁城の紫は、中国で北斗七星をあらわす紫微星に由来しています。北斗七星は天の中央に位置し、多くの星がこれを取り巻き守っているので、天子(皇帝)の象徴とされ、太平の世に天子が世界の中央に坐すと言うことに由来しているそうです。


太和殿。


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歴代皇帝の即位式や万寿節(皇帝の誕生日)、結婚、皇帝の葬儀など宮廷の重大な式典を行った最も重要な建物です。式典が行われるときには、太和殿前の広場に官吏たちがずらっと並び、全員で三跪九叩頭の礼(跪き、手を地面について、額を地面に3度打ち付ける)を行いました。

1908年12月には、西太后が光緒帝の後継者として愛新覚羅溥儀を指名したことにより、溥儀はわずか2歳10か月で皇帝に即位させられ、清朝の第12代宣統帝かつ紫禁城に居を構える最後の皇帝となりました。
映画ラストエンペラーの舞台です。中国共産党政府の全面協力により、数週間借り切っての世界初のロケーションを行われたそうです。



DSC_3615.jpg



中央の道や階段を歩けるのは皇帝のみ。

ラストエンペラーをもう一度みたくなりました。


太和殿からの眺め。歴代の皇帝も眺めたであろう光景です。


DSC_3618.jpg


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日時計もありました。


DSC_3644.jpg



それからこちらは防火用水用の甕。立派です。


DSC_3648.jpg


甕は紫禁城のあちこちにありました。






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