蘇る縄文 (平成17年 さいたま川の博物館の特別展より)

太古の昔から縄文時代まで、ざっと通して勉強し、ようやく一般常識的なことが解ってきたので、職員勉強用にと置いてある本を読み始めました。


さいたま川の博物館で平成17年に開催された特別展のパンフレットから。


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長野県曽利遺跡から出土された水煙土器。縄文時代中期(約5000年前)の縄文土器の最高傑作とされる優品。この土器は官製はがきの絵柄に採用されたそうです。(そういえば、見たことがあったような、今の官製はがきはトキがデザインされていますね。)

水煙土器は長野県の南部から山梨県にかけて分布。同じようにダイナミックに装飾された土器としては火炎土器があります。火炎土器は新潟県から出土。縄文の模様はなく、縄文時代中期の中頃(約4500年前)に出現し、そして消滅してしまった短命(約150年間)な土器。

火焔型土器は、貯蔵穴や住居跡などから出土していますが、特殊な状態で出土した例はまだ報告されていません。また、内面に炭化物(おこげ)が付着した例が多く見られることから、煮炊きに使われた土器であることは間違いありませんが、日常的に使われるものではなく、祭事などの特別な時に使われた土器であると推定されています。

特に火炎土器が有名になったのは、その独特の造形ばかりでなく、これをみた芸術家の岡本太郎が感動し、日本美術の原点として広く世界に紹介したことが大きな要因で、縄文土器が芸術として見直されるきっかけにもなりました。

岡本太郎は40才の時、東京国立博物館に行き、縄文式土器(火焔型土器)にめぐりあい、創作のコンセプトを体得したとの話。
「激しく追いかぶさり重なり合って、隆起し、下降し、旋回する隆線文、これでもか
これでもかと執拗に迫る緊張感、しかも純粋に透った神経の鋭さ、常々芸術の本質として
超自然的激越を主張する私でさえ、思わず叫びたくなる凄みである。」
岡本太郎著「みずゑ」1952年2月号「縄文土器論」
この文章は、岡本太郎が火焔型土器に出遭ってから、26年後に書かれたものです。

このパンフレットには他にも、こんなにすばらしい土器が載っていました。

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後から見た写真。

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素敵でしょ。
今回ネットでいろいろと調べていたら、ものすごく可愛い縄文土器を発見。


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長野県の岡谷市のホームページにのっていました。


こんなの見ていたら、レプリカでもつくりたくなっちゃいました。
実はすずあきは結婚して間もない頃、陶芸教室に1年半ぐらい通っていました。
しょうもない作品しかつくれなかったけれど、基本的なことは習ったので、素焼きの壺ぐらいだったらつくれるかもしれない。

次は土偶をちょっと調べてみようかな。







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コメント

尊敬する太郎氏が縄文式土器を!
それは初耳でした。 そういわれてみると、まさに、ですね。

そして、ただ素晴らしいと感動するだけでなく
太古の昔に思いを馳せることも楽しいです。
でもやっぱり難しい(^^;

2010/05/07 (Fri) 20:45 | きみどん #Sn9RTBFM | URL | 編集

岡本太郎さんの太陽の塔、インパクトがある塔でしたね。
縄文土器や土偶から発想しているのは、間違いないですね。

太古の昔の人の知恵、道具作り、物づくりには、
本当に感心させられます。

2010/05/09 (Sun) 05:19 | すずあき #NqNw5XB. | URL | 編集
ありがとうございました!

昨日は、ありがとうございました。
まず、どれもこれもおいしいお食事だったことと、臨書という全く今まで触れたことの無い作品を見せていただいて、書に対するイメージがすっかり変わりました。
本当に多趣味で何でも全力投球なすずあきさんに感動の一日でした。
お世話になりましたー!

2010/05/12 (Wed) 09:07 | re-ko #- | URL | 編集

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